鎌田 悟の ”レーシング日日"

岩手県花巻市出身の元バイクレーサー、鎌田悟のブログです。
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鎌田の昔話〜そのァ

 皆さんおばんでございます〜。


数日前に頂いたコメントにもあった通り、最近ランキングがすっかり低迷気味ですねぇ。。


まあ、最近ほとんどバイクネタをUPしていなかったので仕方ナイんですが..(-。-;)


と、こんな時は―
当ブログで一番人気があるっぽい、あのカテゴリーをUPするっきゃないですね!


というわけで本日は、かなーり久々に昔話シリーズを更新したいと思いまーす。
って読み返してみると'09に入ってから初なんですね、、だいぶサボったなぁ。。


そんなこんなで、皆さんも忘れちゃったと思うので―
まずは!


〜その 
〜その◆
〜その〜
〜そのぁ


を読んで、復習してから本日の記事をお読み下さいませ〜。(ってだいぶ長いよ…)


ちなみに今回は、最近の自分とタイムリーに重なる「鎌田青年、病に倒れる」巻です。。


それでは、はじまりはじまり〜
  ・
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    ・
あれは今から6年前、2003年夏の出来事…


初レース参戦を果たしたものの、心も体もズタボロの状態の鎌田青年19歳。
現在も勤務している桶川スポーツランドで働かせてもらい始めたのは、ちょうどこの頃からでした〜。


しかし、仕事に入ったもののここ桶川では―
最初からこれといった仕事は与えられず、自分で何かを探してやる感じだったので、最初は正直かなりとまどいましたね。。


いっちゃん最初に取り組んだのが、確かトイレにこびり付いた尿石をマイナスドライバーでひたすら削り落とす作業だったかなぁ、、、

当時のOSLを知ってる方なら覚えているかと思いますが、あん時のトイレはマジ汚かったんです!!!


まあそんなこんなして段々と仕事に馴染んでいった私でしたが、それまで続けて来た寝不足&過労&栄養不足生活に重ね、環境を新しくした事での多少の気疲れも手伝ってか、自分の体はもう完全に悲鳴をあげ始めていました。


当時から桶川では、お昼にカレーやその他の料理をまかないメシとして提供して貰っていましたが…


この頃はいつも食べ終わってから30分位で吐き気に襲われ、ほぼ毎日嘔吐しちゃってました。。
拒食症ってヤツなのでしょうか…?
とにかく無茶な生活のツケが祟って、体がもう食べ物さえもまともに受け付けてくれなくなっていたんです、、、


ですが「こんな姿見られたら、せっかく入った仕事を辞めさせられちゃうかも」などと思い、コレは内緒にしてましたケドね。。


そんな状態でおよそ数ヶ月程桶の仕事に入っていましたが、前年度まで在籍していた学校の子達が夏休みに入るタイミングで自分も長期のお休みを頂いたのでありましたー。


自分の中では単に仲間と休みを合わせたかったという幼稚な考えの他に、「一端実家に帰って、もう一度今自分がこれからどうすべきなのかじっくり考えよう」という想いも込められた夏休みでした。


しかーし!
夏休みと称し実家に帰った翌日から、自分の体は異常な高熱におかされてしまいます!!
今まで気合で何とかなっていた体が、実家に帰った安心感からか突如として崩れ始めたのでしょう。。
何かが音を立てて、プツンと切れてしまった様な感覚でした。


この時は一日横になってても全然よくならず、夕方に体温を測った時には39.8℃をマークしていた私の体。。
コレを見てさすがに母親も一大事と察し、スグに病院に連れていってくれたのですが―


当然、即入院させられてしまいました。。


そして、原因がハッキリするまで数日間一人部屋の日々、、、


どうやら極度の疲労と栄養失調により免疫力が著しく低下した自分の体は、血液が何らかの病原菌におかされていたらしく―


「急性血中○×感染症」という病気と診断されたのでした。


入院した事なんぞ知る由もない当時の関東の友達の間では、自分が帰郷すると同時に連絡が途絶えたモンなので―
「鎌田死亡説」が冗談半分で噂されていた様です…(ってオイ!!)


まさかホントに死にはぐってるなんで思ってもいなかったでしょうね!(-o-;)
って全然笑えなーい!!!

 

…そんなワケで、レーサーに向けての奮闘の日々から、突如闘病の日々に様変わりしてしまった19の夏休みは―


自分を見つめ直すどころか、これから自分がどうなるのか、全く分からなくなってしまった病床の鎌田青年なのでした。。。

 

〜つづく〜


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23:25 | 昔話 | - | - | author : 鎌田悟
昔話 〜その4〜
皆さんおばんでございます〜。


本日は仕事上がりが早かったのでヤットコさ昔話の続編をUPしたいと思います。


今思い返すとなんだか波瀾万丈過ぎてネタっぽくも感じられますが、一応全てノンフィクションでお送りしています!


昔話シリーズを初めて見る方は、カテゴリーを2008から昔話に切りかえてからご覧下さい。


それでは、はじまりはじまりぃ〜




それは今から遡ることおよそ5年…2003年の初夏の出来事―
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前回お伝えした通り、過剰なまでに切り詰めた食生活&睡眠時間&走り込みを続けていた鎌田青年19歳。
この頃体は既に限界を迎えつつありました。。
栄養失調からか血色が悪くなってゆき、手が震えちゃってまともに走行受付用紙を書けない日々、、、もうどうしようもありませんでした。(-o-;)
「血尿なんか日常茶飯事!」といった感じで思考回路も軽くラリって(←死語)ましたねぇ。。


こんな自分がOSLの人達に顔と名前を覚えられ始めたのがこの辺りからで、よくビタミン剤とか食料をもらってたなぁ。。
当時のスタッフからは「あわれな子がまた来た!」と噂されていた様です(爆)


そんな無謀な生活を続けていた自分は、ある日それに見かねたOSLの代表さんから声をかけられ(むしろ立候補?)、次第にOSLの非常勤スタッフとして単発のバイトに入るようになって行きました。


そして丁度その頃、当時からOSLで開催されていたミニバイクレースのシリーズ戦『関東ロードミニ選手権』の初エントリーも果たしたのでありました〜。


当時の走行タイムはまだまだでしたが、これなら真ん中位は走れるだろうと思い勉強するつもりでレースに出てみる事にしたんです。


実はこの頃の桶川のレースは低迷期真っ盛りで、全てのクラスを合わせてもエントリー者が63台と今の半分〜1/3位しかいませんでした。。

自分がエントリーしたミニバイクレースの花形、SP12クラスでさえ多分16〜18台位だったと思います。この台数じゃ当然今みたくレベルによっての3クラス分けもございません!


こんな中今と変わらぬタイムアタック形式で行われた計時予選では、ベスト付近のタイムを出し10番手グリット辺りから決勝レースを迎える形となりました。
思ったより予選がうまく行きテンションがムダにUPしてしまった自分は、「更なるジャンプUPを!」と意気込みまくって気合300%のままいざ決勝へ!


…レース経験のある方ならご存知の通り、こんな精神状態でうまく行く程決勝は甘くありません。。
スタート練習もろくにしていなかった自分は、案の定シグナルが変わった瞬間にサオダチウイリーをかましてしまいましたf(^_^;


コレにより一気にビリ付近までポジションを落とした自分は、その後前走者を交わすのに手こずり結局ビリから3番目辺りでフィニッシュ。
辛うじてベストタイムは更新しましたが、この日出た初レースにより受けたショックで相当落ち込んだ事は今でも忘れられません…。
落ち込みすぎて周りにいた知り合いとも暫くろくに口きけなかったっけ。。


…こうして初レースに出場するも結果に繋がらず気持ちが沈んでしまった鎌田青年19歳は、心境の変化からか「とにかくまずこんな無茶苦茶な環境を改善しなきゃあダメだ…」という考えに行きつき、(←実際どんな経緯だったかはハッキリ覚えていません。。)夜勤のバイトを辞め桶川スポーツランドに常勤で働く決意をします。



が、その前にガムシャラな生活から距離を置き、一度自分を見直す事が必要なのかもなとふと考え、短期の里帰りをしてみる事にしたんでした。。


カラダが完全に壊れるまでの導火線に火がついたのは、ちょうどこの頃でした…。


〜つづく〜


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23:29 | 昔話 | - | - | author : 鎌田悟
昔話 〜その3〜
おばんでございます〜。


今日は日本のバイクレースファンが待ちに待っていた日本GP決勝の日。

参戦していた方やモテギまで観戦に行っていた皆さん、本当にお疲れ様でしたー。


…と、世はGP真っ最中だったと言うのに、残念ながら自分にはリアルタイムなバイクネタが見つからなかったので、今日はGPソッチノケで久々に昔話の続きをUPしたいと思います。


前回からだいぶ間隔が開いてしまったので、忘れちゃった方や初めての方は、まず先月31日の記事とその前の第1話からご覧ん下さいませ〜。


それでは、はじまりはじまりぃ〜( ̄∀ ̄)/"



・・・2003年の春、専門学校を辞め晴れて?フリーターとなった鎌田少年19歳。。
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自分でレーシングライダーへの道を切り開く!とは言ったものの、本当はどうしていいのか分からない…。
この時はまだしっかりとしたプランやビジョン等は全然なくて、心の中にあったのはやる気と焦りが入り混じった複雑な感情のみでした。。
ただ一つ分かっていたのは自分が速くならなければならない事と、その為にはヒト数倍の努力が必要だという事…。
考えていても始まらない!と思った自分は、まずはとにかくひたすら『走る』という事に専念しようと決心しました。


そうして最初にやったのが、学生時代から続けていた回転寿司屋のバイトを辞め、24時間営業のガソリンスタンドに夜勤で入り生活環境を変える事でした。
こうする事で、空いた昼間の時間を全て練習中心に出来ると考えたからです。
ここから鬼のサーキット通いこみが始まります!


この時自分が走りこむ場所として選んだのが…そうです、現在お世話になっている桶川スポーツランドなんです!
なんでかって、当時の自分の走行レベルがイワイでも秋ヶ瀬でもなく桶川が丁度良かったって事と、走行出来る日が曜日で決まっていなかったので通い込むには都合が良かったからですかね。
自分の予定と桶川の走行日が合わなかった日には、秋ヶ瀬にも行ったりしてました〜。


こうしてだいたい週の半分以上はサーキットに走りに行く様になった鎌田少年。。
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毎日夜の9時〜11時辺りにバイトが始まり、終わるのは翌朝の5時〜7時頃だったかな??
この頃の生活サイクルはというと…
バイト終了→そのままサーキットへ向かい練習→家に帰って来てからバイトまで爆睡→バイト→練習→そのままバイト―
みたいな感じで、睡眠時間はだいたい3〜4時間の間でしたねぇ。。


正直、がむしゃらになりすぎてカラダ的にはだいぶ無理しちゃってました…。
けど、早く速くならなきゃという焦りに似た気持ちと、練習した分だけタイムアップの成果が得られる充実した気持ちが疲れを上回り、ほとんど苦痛には感じませんでしたね。


こんな自分は、加えて食生活まで無理をし始めていました。。
夜勤のバイト一本では走り込むには金銭的に厳しかったので…唯一の救いは農家である岩手から送られて来ていたお米だけ。
けど、おかずは作る時間もなければ買ってなんかはいられない…
そこでとった行動が、ご飯に塩をふって味を付けて、後はあさげの様なインスタントのお味噌汁のみを食べるという質素の度を超えた食べ方でした。。。


こんな生活をしていては体がもつワケないのですが、若気の至りとは恐ろしいものですね…
当時は辛いと感じるどころかむしろストイックな自分に酔い痴れるかの様な感覚に囚われて、時間とお金の切り詰め方は次第にエスカレートして行きました。。。
この時の体重は47〜8kgだった記憶があります。


こうして無理無茶街道を突っ走りながらも着実に走行タイムを詰めていった鎌田少年は、当時から桶川で行われていたミニバイクのスプリントレースシリーズ戦『関東ロードミニ選手権』に初エントリーしたのでありました〜。
自分の体が既に壊れ始めているとも知らずに…。


この時、フリーター生活を開始してから半年が経った、初夏の事でした・・・。



〜つづく〜


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23:59 | 昔話 | - | - | author : 鎌田悟
昔話 〜その2〜
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おばんでございます〜、だいぶサボってしまってスミマセンでした..m(_ _)m
今日は以前7月30日にお伝えした昔話の続きをUPしようかと思います。

ここ最近バイクネタがなかったってのもそうなんですが、菅生のレース&鈴鹿のテストが思うように行かずモチベーションが下がり気味なので、昔を思い出し初心に戻って頑張ろう!と言う魂胆の方がデカイです。

ナニハトモアレ、はじまりはじまりぃー。



・・・2002年の春、高校を卒業し希望と共に上京した鎌田少年18歳は東京科学芸術専門学校(現TMC)の、2輪学科に入学したのでありました〜。

上京したての頃はとにかく東京の水と空気のマズさに馴染めず、最初の数週間は歯磨きのウガイにすらミネラルウォーターを使っていた事を覚えています。。

学校に通い始めてからは割とスグに、回転寿司屋でほぼ毎日アルバイトをやったりしてましたね〜。
この時自分は大体夜の6時頃からラストの12時頃までのシフトで入っていたので、店長がレジ閉めをしているスキを見て最後に回っている廃棄確定の寿司を、もう一人のおっちゃんと共にレーン丸ごとたいらげるという夢の様な晩飯ライフを送っていました。。(^_^;)


で、肝心の学校生活についてなんですが…
レーシングライダーを目指す自分が思い描いていた授業の内容とは、あまりにかけ離れているという事に入学してから気づいて愕然としてしまいました。。
なぜってフタを開けてみると、走行実習が年に2回しかなかったんです!(ちなみに現在のTMCは、そこそこ走行実習があるみたいです…)
確かその頃のパンフレットには「レーシングライダーコース」って書いてあった様な気が・・・。


さすがの田舎モンの自分にも、こんなんじゃライダーになんかなれない事くらいはスグに分かりました。けど、だからといってどうしていいのかは分からない。。


とにかくバイクに乗って練習しなきゃと思えど、最初の一年分の学費を払ってもらったので学校には行かないとマズイ、そうすると乗る時間は土日しかないし、乗る為のお金を作る時間も限られて来る…。


そんなこんなで上京した最初の年は、土日のどっちか走りに行ける時だけカートコース(主にイワイサーキット)に行きミニバイクで練習するといったスタイルで、走行技術もさほど進歩しないまま時間が過ぎていく感じでした。正直かなり焦っていました。。
(ちなみに上の写真は当時のイワイのコースライセンス)


そしてこの現状を何とかせねばと思っていた年明けの冬、手探りでもいいから自分自身でライダーへの道を見つけないと後悔するなと思い始め、悩みに悩んで一年生が終わると同時に学校を自主退学する事を決意したのでありました。

それまでほぼ遅刻・欠席もなく真面目に学校に通っていた自分がいきなりやめると言い出したので、講師の方々はかなり驚いてましたね。
特に担任の先生には「やめて成功したヤツは今まで一人もいない」などと何度も説得され、頻繁に授業中に呼び出されては個人面談をした記憶があります。。(って、実はその先生が今の学校長だったりして…)

先生以外に親にも説明と謝罪をしたりなんだかんだ色々ありましたが、最終的にはみんなに納得してもらい?学校をやめる事となりましたー。



こうして迎えた2003年は、一年前とはうって変わって不安で一杯の、フリーターでの春となりました・・・。



〜つづく〜

















23:31 | 昔話 | - | - | author : 鎌田悟
鎌田少年の昔話 〜その1〜
2・3日前にとあるレーシングチームの監督さんから『ライダーなんだからちゃんとバイクの事を書けよ!』とダメ出しをくらいました。。f^_^;

確かにそうなんです…でも6・7月はなかなか自分的にリアルタイムなネタが無かったんですよねぇ…。


と言うワケで次からネタに困った時は、自分がバイクレースを始めた頃までさかのぼっての昔話をちょくちょくして行こうかと思いますo(^-^)o

今日はとりあえず上京するまでのエピソードのお話〜。
って結局バイク関係ないかも…?


・・・高校生の頃はバイクの走り屋一筋と言うわけではなく、バンド(ギター)にも結構ハマッていたワタクシ鎌田少年18歳。。
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TVでやっててもロクに見たことの無かったバイクレースでしたが、ただ乗るのが好きと言う単純明解な理由でバイクレーサーを夢見て『東京科学芸術専門学校(現TMC)』に入学したのでありました。


…ってあまりに単純過ぎる動機にはちょっとした理由があります。


高校2年生位までは、卒業したら地元の企業に就職するか、もしくは自動車整備学校にでも通えたらいいなぁなんて、特に夢なんて持たずに普通の生活を思い描いていましたが…
自分には岩手で一緒に暮らしていた家族とは別に、母方の実家(現在自分が住んでるトコ)に二人きりで暮らしているおじいちゃんとおばあちゃんがいました。
今は亡くなってしまいましたが、当時はおばあちゃんの調子が悪くて両親はしょっちゅう様子を見に岩手と東京の往き来をしていました。


そんな生活がしばらく続いていた高校三年になりたての頃、まだハッキリとした進路が決まっていなかった自分に向かい母親がこう言いました。


「居てくれるだけでも安心だから、アンタには東京に行っておじいちゃん・おばあちゃんと一緒に暮らして欲しい、それさえしてくれれば後は自分が行きたいと思う学校に行っても構わないから」と。


最初はちょっと戸惑いましたが、数日たって上京を決意した自分の頭の中は、「行きたい学校に行けるなんて大チャーンス!せっかくだから思い切って自分の好きな音楽かバイクの専門学校に行ってみよう!」という思考回路に切り替わっていました。


それから数ヶ月悩んだ結果、「バンドでプロを目指してます!」って言うんだと周りにも数名いて何だかありきたりだなぁ、どうせやるなら周りで誰もやってない事をした方が面白いかもな?と思った事が決め手で、当時愛読していたバリバリマシンの片隅に「モータースポーツのプロになる」って広告が載っていて前から気になっていた科芸専への進学を決意し、入学と共に上京したのでありました。


2002年の、春の事でした・・・



〜つづく〜
23:25 | 昔話 | - | - | author : 鎌田悟